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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11478号 判決

原告 石原建設株式会社

右代表者代表取締役 石原孝信

右訴訟代理人弁護士 石原寛

同 吉岡睦子

同 加藤廣志

同 山川隆久

被告 後迫巌

右訴訟代理人弁護士 寺尾寛

同 佐藤昇

主文

一  被告は、原告に対し、金一一二六万三一五一円及びこれに対する昭和六二年八月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の原告勝訴の部分は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一四二〇万八七六一円及びこれに対する昭和六二年八月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五五年一〇月一六日、原告に対し、別紙請求債権目録記載の債権(以下「本件債権」という。)を有する旨主張し、これを被保全権利として、原告所有の別紙物件目録記載の建物(専有部分)に対する仮差押(以下「本件仮差押」という。)を東京地方裁判所に申請(同庁同年(ヨ)第七七八六号)し、同裁判所が同月一八日、右申請どおりの仮差押決定を発した結果、右建物について、横浜地方法務局神奈川出張所同月二〇日受付第八八三二五号をもって、右仮差押の登記が経由された。

2  原告は、昭和五五年一一月一一日、東京法務局に仮差押開放金として請求債権金額二六八〇万円を供託し、翌一二日、本件仮差押執行の取消決定を得、これにより前記建物についての仮差押の登記も抹消された。

3  被告は、原告に対し、昭和五六年二月一九日、前記仮差押事件の本案訴訟である損害賠償請求の訴えを東京地方裁判所に提起したが(同庁昭和五六年(ワ)第一七四一号事件)、昭和六一年八月二五日、同裁判所は、被告の原告に対する請求債権、すなわち、本件債権は存在しない旨判断したうえ、請求棄却の判決を言い渡し、被告から控訴がなされたが(東京高等裁判所昭和六一年(ネ)第二五五七号事件)、昭和六二年四月三〇日、右控訴を棄却する旨の判決があり、被告敗訴の判決は、同年五月二一日、確定した。

4  被告は、本件仮差押申請当時、原告に対し、右仮差押の被保全権利、すなわち、本件債権を有しないことを知っていたものであり、仮に知らなかったとしても、そのことについて被告に過失があったことは明らかである。

5  原告は、被告の本件仮差押申請により、次のとおり合計一四二〇万八七六一円の損害を被った。

(一) 金利 一二二〇万八七六一円

原告は、前記解放金二六八〇万円を原告が営業資金として金融機関から借り入れていた借入金より支出したが、右解放金分の支払利息は、別紙計算書記載のとおり一二二〇万八七六一円である。

(二) 弁護士費用 二〇〇万円

原告は、弁護士石原寛に対し、本件訴訟の提起・追行を委任し、着手金として一〇〇万円、成功報酬として一〇〇万円を支払う旨約束した。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害の賠償として、一四二〇万八七六一円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六二年八月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。同4のうち、被告の過失に関する主張は争い、その余の事実は否認する。同5(一)(二)の事実はいずれも不知。

三  抗弁

本件仮差押申請の当時、被告が、原告に対して本件債権を有するものと信じたことについては、次のような事情があり、右仮差押の申請は、被告の申入れ等に対する原告の不誠実な対応により誘発されたものというべきであるから、被告には、同申請に関する過失がない。

1  被告は、昭和五五年八月下旬ごろ、株式会社富士蔵(以下「富士蔵」という。)が倒産し、原告が、別紙物件目録記載の一棟の建物(以下「本件建物」という。)及び敷地の所有権を取得すると共に、富士蔵においてすでに販売ずみの同建物の各専有部分と、これに対応する敷地の共有持分にかかる売主の地位を承継した旨を聞き、原告から右事実の確認をえたうえ、同年九月七日ごろ、原告従業員の原田某に対し、被告も、敷地に関する共有持分をも含めて右請求債権目録記載の三室(以下、右持分をもあわせて、「本件三室」という。)を買い受けているので、引き渡して欲しい旨要求したところ、右原田は、被告による右買受けの事実の有無を調査する旨回答した。

2  次いで、被告とその代理人の住本敏巳弁護士は、同年九月一六日、原告の開発事業部長野村弘毅と面談し、同人に対し、右1と同様の申入れをし、同人から同月末日までに回答する旨の確約を得た。

3  そして、同年九月末ごろ、右野村に代って、原告従業員の河守某から住本弁護士宛てに電話による回答があったが、その内容は、原告は、前記専有部分等にかかる売買契約上の売主の地位を承継したが、富士蔵からは、被告が本件三室の買主である旨の引継ぎがなく、原告の前記要求の当否については判断しかねるので、顧問弁護士石原寛と交渉されたいというものであった。

4  しかるに、原告は、本件三室については、前記請求債権目録記載のとおり、同年九月一九日付で第三者に対する所有権移転登記を経由したものであり、被告購入の有無を調査するとの口実を設けて、被告が法的手段を採ることを延期させ、その間に、被告に隠れて右登記に及んだものである。

5  なお、原告は、富士蔵から本件建物専有部分購入者の名簿の引継ぎを受けており、右名簿に従って事務処理をすることを決定していたが、その名簿には被告の記載がなかったにもかかわらず、被告に対し、そのことを告げず、売買の有無を調査すると称していたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実に基づく被告の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがないところ、同4のうち、被告に原告主張の故意があったことを認めるに足りる証拠はないが、右事実関係(請求原因1ないし3の事実関係)のもとにおいては、他に特段の事情のないかぎり、本件仮差押の申請・執行について、被告に過失があったことが推定されるものといわなければならない。

二  そこで、右特段の事情の存在を主張する被告の抗弁に関して検討するに、《証拠省略》を総合すれば、右抗弁中の1ないし3の事実のほか、原告は、本件三室については、別紙請求債権目録記載のとおり、昭和五五年九月一九日付で第三者に対する所有権移転登記を経由したこと、なお、原告は、富士蔵との間で、右1の所有権の取得及び売主の地位の承継等に関する契約を締結した際、富士蔵から本件建物の各専有部分購入者の名簿の引継ぎを受けたが、右名簿には被告の記載がなかったことが認められるが、原告が、被告主張の意図・目的をもって、被告に対し、被告による本件三室買受けの事実の有無を調査する旨申し向けたものと認めるべき証拠はなく、また、被告が、右3記載の原告からの回答に基づき、原告の顧問弁護士石原寛と何らかの折衝をもったことを認めるに足りる証拠もない。

してみると、被告が、富士蔵との間で、前記請求債権目録記載のとおりの売買契約を締結していたとしても、原告に対し、本件債権を有するものと信じるべき相当の事由があったものとはいえず、前記特段の事情の存在を肯認することはできないので、被告の抗弁は理由がなく、採用できない。

三  したがって、被告の本件仮差押の申請・執行は、原告に対する関係で、不法行為を構成するものというべきところ、証人五十嵐忠の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右仮差押執行の解放金二六八〇万円を、営業資金として用意していた金融機関からの借入金で賄ったこと、右借入金の各年度(原告の決算期)ごとの利率は、おおむね別表記載のとおりであり、原告は、右解放金の供託日である昭和五五年一一月一一日から前記本案判決確定の日である昭和六二年五月二一日まで右各利率による利息の支払いをしたことが認められるが、本件に顕れた諸般の事情に鑑みると、右支払利息のうち、商事法定利率年六分を超えない割合(昭和六一年三月末日までは年六分、同年四月一日以降は別表記載のとおり)による分にかぎり、前記仮差押の申請・執行と相当因果関係のある支出にあたるものと認めるのが相当であり、その金額は、一〇二六万三一五一円となることが明らかである。

次に、原告が、本件訴訟の提起・追行を弁護士に委任したことは、本件記録上明らかであるが、事案の性質、訴訟の推移、認容額等に照らし考え、前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、一〇〇万円と認めるのが相当である。

そうすると、原告は、被告の不法行為により合計一一二六万三一五一円の損害を被り、被告は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた右同額の損害を賠償すべき責任を負担したものというべきであるが、これを超える損害に関する原告の主張は採用できない。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は、不法行為による損害の賠償として、被告に対し、合計一一二六万三一五一円と、これに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年八月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、認容すべきであるが、その余は理由がないものとして、棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 尾方滋)

〈以下省略〉

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